• 動物実験について考えてみた

    by  • 2013/03/01 • Uncategorized • 0 Comments

    資生堂は28日、4月以降に開発する化粧品と医薬部外品の原料について、すべての動物実験を廃止すると発表した。11年3月に社内の動物実験を廃止していたが、さらに民間の試験機関に委託していた実験もやめる。

     同社は10年3月、安全性確保を前提に、動物愛護の観点から動物実験を廃止すると宣言。以降、有識者や学術団体、動物愛護団体と円卓会議で議論してきた。今回、皮膚への吸収性や刺激性を調べる検査に、原料安全性データベースや人工皮膚を使った試験法を組み合わせた新たな安全性評価の仕組みを導入。動物実験をしないでも人体への安全性を高い精度で評価できるようになったという。毎日新聞 2013年02月28日 19時15分

    tumblr_mcqpp6YQT01qb5aofo1_1280資生堂が3月いっぱいで、自社内だけでなく、外部に委託していたものを含め、商品開発にあたって行なっていた動物実験を廃止すると発表した。
    調べてみると、随分前からNPO法人の動物実験の廃止を求める会というところが、最大手の化粧品メーカーである資生堂に対して動物実験の廃止を強く求めてきた経緯があり、数回にわたって有識者を交えた会議を行ってきていて、まずは2011年の3月で自社内での動物実験を廃止していて、今回全廃に至ったということのようだ。
    で、動物実験を行なっていないとするメーカーも随分あって、エイボン、DHC、クリニークなど割と大きめのところも含まれていた。
    EUでは、1998年以降動物実験を行った商品の販売が禁止される予定だったそうだが、実施が何度か延期され、2009年3月以降はEU域内での動物実験が禁止され、2013年3月以降は販売禁止となる予定になっている。
    動物実験がなぜ行われているかというと、化粧品などに新たな成分を使おうという時に、その成分が人体にどんな影響を及ぼすのかわからないので動物で実験しようというもので、ものによっては法令で義務付けられているものもあるが、例えば人の細胞を使って試験管の中で実験するなどの代替法が研究されているようだ。
    で、このニュースを最初に見た時には、グリンピースみたいのが連想されて、動物愛護団体というのはヒステリックな人が多いのかなと思ったわけだが、よくよく考えると方向性としては正しいのかなとも思えてきた。
    最初に思ったのは、動物実験と肉食とどう違うのかということだ。意に反して肥え太らされて丁度いい頃に殺されて食べられる牛や豚と実験動物とで違いがあるとすれば、苦痛の長さくらいじゃないのかということだ。
    実際にそう考える人もいて、ベジタリアンになる動機として動物の殺生をしないという理由は結構あるらしい。仏教では、肉食は一切禁止という派閥と自然死したものの肉のみ食べていいという派閥があるそうだ。さらに厳しいのは、ジャイナ教で植物を含めて一切の殺生が禁じられているため宗徒は農業も禁止されていて、この世に存在する限り、間接殺は避けられないものであるため、ジャイナ教の僧は、最終行として食を断ち、餓死するのだそうだ。
    話がそれたが、僕は、最初は、肉食も動物実験も似たようなものだと思ったのだけど、人が肉を食べるのは雑食動物の本来の形からしてしょうがなくて、ベジタリアンみたいなものは代替手段たり得ないと思うけれども、動物実験については、同じ効果が得られるのであれば、やらないほうがいいんじゃないかと思った。ものによっては、人間とウサギでは反応が違うので代替法の方が精度が高い場合もあるようだし。
    それと、化粧品っていうのは、装飾だから毛皮のコートと同じで動物を殺してまでやることなのかとも思う。生きることの根源にかかってくる食べ物とはちょっと重要性が違うよね。
    ただ、愛護団体の人達は代替法がないのなら新製品を開発する必要はないというのだけど、化粧品はそうかもしれないが、医薬品だったらどうだろうか。医薬品なら動物実験できるとすれば、医薬品を謳った化粧品も出てくるかもしれないので、線引きは難しいけれども、純粋に医療行為に使われる(要は病院で疾病の治療に使われるようなもの)に関する動物実験はやむを得ないのじゃなかろうかと思う。いや、そうまでして、延命(とまでいかなくても治療を)する必要がない、とか言い出すと宗教観のような話になってややこしくなるけど、人が生命に関わるようなものはしょうがないかなあと思う。それもダメとか言い出すと、ネズミやゴキブリも殺せなくなっちゃうよ。あと、レジャーとしての狩猟(スポーツハンティング)なんていうのは、無駄な殺生じゃないのかと思う。これこそ、やめたらいいのに。スポーツハンティング産業から得る税金やライセンス料は野生生物の保護に回されているとかいうけれども、それこそ人間の思いあがりじゃないのか。
    ちなみに、肉食用の動物の屠殺にあたっては、各国で動物に苦痛を与えないように気絶させてから苦痛を与えないように行うことが義務付けられている。屠殺業に関わる人が差別されてきたのは、差別する側の人が、間接的な殺生に関して後ろめたい気持ちがあるからそうさせてきたんだろうと思う。
    僕は、活動家でもないので、特定の企業や行為を指して糾弾したりはしないし、人間の活動の犠牲になっている動物のことも普段意識することはないけれど、ときには、他の生き物の命を貰って生きているということに感謝してみようと思う。

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