• 国民栄誉賞に対する違和感

    by  • 2013/02/16 • Uncategorized, 大相撲 • 0 Comments

    http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2013/02/16/kiji/K20130216005206880.html

    大鵬に国民栄誉賞を授与することが正式に決まったのだという。相撲界に残した実績、貢献を考えれば当然といっていい。それでもなお、このタイミングでの授与に違和感が排しきれない。というよりも国民栄誉賞自体の性格がもうひとつはっきりしないように感じる。
    これまでに受賞した20の個人と1団体のうち、没後の受賞が半数以上の12人いる。国民栄誉賞は、授与時にどのような功績で受賞することになったかが立てに刻まれるのだが、没後の受賞者は割と獏とした理由、現役中の受賞者は新記録やエポックメイキングな記録を達成したことが理由となっていることがほとんどだ。例を挙げると、没後受賞の長谷川町子の場合は「家庭漫画を通じて戦後の我が国社会に潤いと安らぎを与えた功」、現役中の受賞の王貞治の場合は「ホームラン新記録達成の功」などとなっている。例外は生前に受賞している藤山一郎と森光子が、それぞれ受賞理由が、「歌謡曲を通じて国民に希望と励ましを与えた功 美しい日本語の普及に貢献」、「舞台「放浪記」において二千回を超える主演を勤めるなど永年にわたり多彩な活躍をし国民に夢と希望と潤いを与えた功」となっていて、没後受賞者と同じような感じになっていることだ。
    没後受賞者のほとんどは、文化関係の人なのでスポーツ選手のように分かりやすい節目を持たないから亡くなった時にいい機会として授与しているのだろうが、内容から言って、いつ表彰しても差し支えなさそうに思えるので、やはり、生前に表彰できないのかなあと思う。
    また、スポーツ選手の表彰については、従来、王、山下泰裕、衣笠祥雄、千代の富士、吉田沙保里と通算記録に関しての表彰であって、現役中ではあっても選手生活の集大成的な表彰の意味合いが強いように思えるのだが、高橋尚子となでしこジャパンは金メダル一発で受賞している。過去には福本豊とイチローが受賞を辞退しているが、福本は通算盗塁世界新記録達成時に、イチローはメジャーリーグで首位打者を獲った時とメジャーリーグ最多安打を更新した時に打診されており、福本の場合は従前のパターンだが、イチローの場合は高橋・なでしこパターンと言えそうだ。
    私見では、高橋・なでしこパターンの授与はやめたほうがいいと思う。例えば、プロ野球で、誰かが打率4割やホームラン60本を打ったら表彰するのか、メジャーリーグで最多勝を獲得したら表彰するのかということにもなってくる。それはそれでいいじゃんと思う人もいるかもしれないが、過去の受賞との整合性を見ると永年にわたっての活躍を労うというほうがスッキリするんじゃないかと思う。特に「2000年シドニーオリンピック女子マラソンで優勝陸上競技で日本女子選手初の金メダルを獲得し国民に深い感動と勇気を与えた功」で受賞した高橋尚子については、金メダルに優劣をつけているようでしっくりこない。あくまで個人的な感覚で言えば、柔道でオリンピック3連覇の野村忠宏やボクシングミドル級で優勝した村田諒太のほうが凄いと思うくらいだ。要は、高橋・なでしこパターンには、国民的に人気がある選手を表彰しておこうという安直さが感じられるのだ(ちなみに、当時人気があった田村(谷)亮子には「内閣総理大臣顕彰」が与えられている。この表彰のほうが歴史が古くて昭和41年からある。国民栄誉賞は、昭和52年に王を表彰するために設けられた。)。
    また、スポーツ選手に関しては、没後の表彰もやめたほうがいいと思う。九重親方が「大鵬さんの時代に(国民栄誉)賞があればもらったはず。角界にいた人が受賞してうれしい限り。協会にとってもありがたいこと」と言うように、当然当時規定があれば受賞していただろう実績ではある。けれども、それを言い出すと、例えば400勝の金田正一や3000試合出場の野村克也が死んだら表彰するのかとかなって、きりがなくなる。金田は日本人じゃないだろ、と思うかもしれないが、王も台湾籍だ。国民栄誉賞は日本国籍は受賞要件になっていない。
    世間はそんな、キチッとした基準なんて求めてないんだよ、と想われる方もいるかもしれないが、僕個人としては、このあたりの曖昧さがどうにも気持ち悪い。

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